豊胸手術を受けた友人
豊胸手術をした友人を見て、私はとても驚いた。まるで幼児のようにペッタンコの胸をしていた彼女が、グラビアアイドルのように豊満なプロポーションに変わっていたからだ。私は自分の胸に手をあて、「私も豊胸手術を受けてみようかしら」と思うようになった。しかし、手術にはものすごく高い費用がかかる。私には手を出せそうにない。
私は、胸のサイズがFカップある。胸を大きくする為、美容整形に行かれる方がいる。私から言うと「豊胸手術するより今の胸でいい」と言いたい。胸が、大きいと垂れ下がったりノーブラでいられなかったり不便な事もある。胸のせいで太っても見られる。豊胸手術するより今の胸でいいじゃない。私は、胸を小さくしたいと思っている。
任期満了に伴う知事選(24日告示、4月10日投開票)に立候補を表明している共産、新人の向瀬慎一氏(40)の党の後援会事務所が19日、松江市袖師町の同党委員会内に開設された。事務所開きの冒頭、東日本大震災の犠牲者に対し、参加者約50人が黙とうした。
向瀬氏は国民健康保険料の引き下げなどを訴えたほか、島根原発について「直ちに止めようとは言えないまでも、安全の総点検と、津波に対して必要な対策を取らせる」と力を込めた。
知事選には、向瀬氏の他に、現職で2期目を目指す溝口善兵衛氏(65)、新人で無所属の佐々木信夫氏(72)が立候補を表明している。【目野創】
3月20日朝刊
【関連記事】
統一地方選:延期法案が参院で可決、成立 22日にも公布
統一地方選:延期法案 18日にも成立
東日本大震災:統一選延期法案…18日にも成立
統一地方選:被災地2〜6カ月延期 特例法を閣議決定へ
東日本大震災:統一選の延期…総務相「柔軟に」
◇大柳生小で卒業式、最後の2人巣立つ−−統廃合で閉校
統廃合に伴い今月末で閉校する奈良市大柳生町の市立大柳生小(西田恭子校長、17人)で卒業式があり、最後の卒業生2人が巣立った。4月からは市立相和小(同市須川町)と統合し「興東小」となる。
同校は1873(明治6)年に創立。昭和30年代に200人以上いた児童は年々減少し、今年度は2学年ごとの複式学級3クラスの構成にした。卒業生は138年の歴史で3200人となった。
体育館には、6年の岡田真央さん(12)と西久保奈央さん(12)の似顔絵が飾られた。2人は西田校長から卒業証書を受け取り、在校生に「大切な思い出と多くの方への感謝を胸に最後の卒業生として卒業します。さようなら」と呼び掛けた。
西田校長は「母校は閉校しますが、いつまでも素晴らしい思い出とともにあなた方の心の中に輝き続けるでしょう。皆の心のふるさと大柳生小学校です」と述べた。【上野宏人】
◇
◇夜間中学で12人が義務教育終える−−県内3校で卒業式
県内に3校ある夜間中学(中学校夜間学級)でも卒業式があり、計12人が義務教育を終えた。
自治体による支援縮小に反対する活動を続ける橿原市立畝傍夜間中学では、中国からの帰国者である畠山周作さん、淑子さん夫妻と、ブラジル生まれの日系人、坂田ノルマさんに卒業証書が手渡された。
奈良市立春日夜中では、中国からの帰国者ら82歳から27歳の女性7人が卒業。天理市立北夜中でも76歳と75歳の日本人女性2人が学び舎を巣立った。【山成孝治】
3月20日朝刊
【関連記事】
東日本大震災:早稲田大が入学式中止…授業は5月から
東日本大震災:卒業、巣立ちのアーチ…自衛隊員ら祝福
東日本大震災:東京の私大、卒業式中止相次ぐ
東日本大震災:「卒業式いつできる」 釜石・避難の小学生
東日本大震災:2日遅れの卒業式 岩手・宮古の市立中
23日に開幕する第83回選抜高校野球大会に出場する天理は19日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で練習をした。選手たちは東日本大震災の被災者へ黙とうした後30分間、グラウンドを駆け回った。
選手たちは、「ナイスボール」などと声をかけ合いながら、森川芳夫監督のノックで内外野の守備を確認。その後、投手陣がマウンドで投球の感覚を確かめた。
練習後、伊達星吾主将は「(甲子園)経験者を中心に声を出してしっかり練習できた。高校生らしく、精いっぱい頑張りたい」と意気込みを語った。森川監督は「選手たちは体が動いていて、全体的に良かった」と話した。【山崎一輝】
3月20日朝刊
【関連記事】
センバツ:東北は大垣日大と対戦 組み合わせ抽選
第83回センバツ高校野球:組み合わせ 東北に配慮、第6日 開催可否、18日判断
キャプテン:誰かのために生きること 83センバツ/2 主将選びの流儀
第83回センバツ高校野球:甲子園練習日程決まる
第83回センバツ高校野球:対戦決定 東北は大垣日大と 開催可否は18日判断
橿原市四条町の交差点近くにあった3体の地蔵が、国道24号の歩道拡幅工事に伴い、移転を迫られている。しかし、建立した人がわからず、近畿地方整備局奈良国道事務所は、約30メートル西に仮移転した。今後の管理方法も話し合う必要があるが、見つからなかった場合は元の場所の近くに再び安置し、「交通安全を見守ってもらいたい」としている。【高島博之】
地蔵は1体が高さ約30センチ、2体が約40センチで、身を寄せ合うようにして置かれていた。比較的新しい1体の光背の表に「交通安全」、裏には「昭和五十三年十二月吉日建立」と刻まれているが、建立した人の名前はなかった。他の2体に文字はなく、風化のために顔の凹凸も少ない。
工事は幅約1・5メートルだった歩道を3〜3・5メートルにするもので、工期は昨年9月〜今年3月末。地蔵は歩道脇にあり、拡幅の障害になっていた。同事務所は、交通事故の被害者家族などが建てたと考え、橿原署や地元区長に問い合わせたが、建てた人や時期は不明。近くの女性が長年、善意で花や水を供えていた。
昨年11月13日に「お地蔵様の管理者を探しています」などと記した看板を地蔵の脇に設置。今年2月21日に車道を挟んだ歩道橋のそばに仮移転した。このまま建てた人が分からない場合は、工事完了後に拡幅された歩道脇に再び移す方針で、同事務所の竹井宏和・橿原維持出張所長は「交通安全を願う気持ちで建てたと思われるので、丁寧に扱いたい」と話している。
3月20日朝刊
【関連記事】
行政ファイル:川西町議選説明会に15陣営 /奈良
行政ファイル:三宅町議選説明会に14陣営 /奈良
街かど:桜井市へ時計塔を寄贈 /奈良
行政ファイル:天理市議会が閉会 /奈良
やまと人模様:歌舞伎舞踊村山流家元・村山左近さん /奈良